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横浜地方裁判所 昭和45年(ヨ)1119号 判決 1971年2月08日

横浜市緑区梅が丘二番地七

債権者 小南弘久

右訴訟代理人弁護士 源光信

横浜市中区港町一丁目一番地

債務者 横浜市

右代表者市長 飛鳥田一雄

右訴訟代理人弁護士 小林正基

同 上村恵史

右当事者間の不動産仮処分命令申請事件について、当裁判所は次の通り決定する。

主文

本件申請を却下する。

訴訟費用は債権者の負担とする。

理由

第一、本件申請の要旨

一、債権者は、横浜市緑区梅が丘二番七宅地三三三・一一平方米(以下本件(一)土地と言う。)を所有し、同地上に木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建居宅一棟床面積八一・一三平方米(以下本件住宅と言う。)を建築所有して現にこれを居住している者である。

債務者は、本件(一)土地の南側に道路を隔てて隣接する同市同区梅が丘五番宅地約三万平方米(以下本件(二)土地と言う。)を所有し、同地北側に鉄筋コンクリート四階建の新谷本中学校校舎一棟延面積三、四九六・七四七平方米(以下本件校舎と言う。)を建築中の者であって、本件校舎は既に四階までのコンクリート打を終了した状態にあるが、この結果本件住宅はその蔭に入って日照を奪われ、冬至に於ては一日二~三時間しか太陽の恩恵に浴することができないばかりか、通風・観望も悪くなり、右校舎完成の暁には校舎から部屋を覗かれる心配も生じている。

二、ところで日照・通風は、ともに土地家屋に与えられた自然の資源であるから、その利用は当該不動産に対する支配権下にあると考えられ、また人はもともと日照・通風を受けて快適な生活を営む権利を有する。しかも本件(一)土地附近は住居地域に指定されているからその場所的性質上日照権は十二分に保護されるべきであり、他方債務者は本件校舎を三階建にするか、或はその配置を変更するなど設計上若干の考慮を払いさえすれば、容易に債権者の被害を防止できる事情にある。しかるに債務者は、債権者の抗議にも誠意ある回答を示さないまま右建築工事を強行しているのであって、これまで附近住民の迷惑を顧みないで本件(二)土地の造成工事を強行して来た経過をも考え併せると、債務者には故意に債権者の日照を奪いこれに損害を加えんとする害意すら推定される。このような次第で債権者は本件不動産所有権若しくは人格権に基づき債務者に対して右日照等妨害の排除請求権を有するものである。

三、そこで債権者は、阻害された日照等の回復を図る必要上債務者に対し、第一次的に本件(一)土地及び本件住宅の所有権、第二次的に人格権に基づいて本件校舎四階部分の除去請求をなす準備中であるが、本案訴訟で勝訴判決を得ても権利を回復するまでの間莫大な損害を蒙るので右建物部分除去の仮処分命令を求める。

第二、当裁判所の判断

一、当事者間に争いのない事実と本件疏明資料を併せ考えると、以下の諸事実が認められる。

本件各土地は、横浜市の中心部から北西約一五粁、東京都心から南西約二七粁、国鉄横浜線長津田駅の北東約四粁の位置にあり、附近一帯は、昭和三五年当時丘陵地帯であったが、近代的住宅地形成のための基礎条件整備の目的で昭和三七年頃土地区画整理事業が実施された。右事業は、昭和四一年一一月六日に換地処分がなされたのであるが、本件(二)土地(面積一四、九七六平方米)は右事業計画によって当初から学校用地と定められていた。

債権者は、昭和四一年末頃自然環境の好条件を求めて本件(一)土地を入手し、間もなく同地上に本件住宅を建築して都心から転居し、以来同所に居住している。因みに本件土地周辺は、都市計画法に言う住居地域に指定されている。本件(二)土地は、本件(一)土地の南側に公道を隔てて隣接しているが、当時は自然の丘陵状となっていたので、本件住宅は極めて観望が良く、また冬至に於ても午前八時半頃から日没近くまで終日太陽の恩恵を敷地一杯に受け、住宅として最適の自然環境にあった。しかし前記の次第で債権者としては、いずれ本件(二)土地上に学校が建設されることは承知していた。

一方債務者は、横浜市内の開発に伴う人口増加の影響による学校施設整備の必要上学校用地に予定されていた本件(二)土地を取得したが、同地附近は近年に至り住宅の増加はもとよりその東側高台には専売公社研究所ビルの建築が予定されるなど地域開発が著しくなり、これを学区とする谷本小学校及び谷本中学校の児童、生徒が急増し、昭和四六年四月には普通教室八室が不足する状態となったので、昭和四七年度に於ける谷本中学校の学級推定数二一(うち特殊学級一)に対応して普通教室二二室、特別教室四室を備えた校舎を昭和四六年三月末までに右土地上に新築した上、ここに谷本中学校を移転させ、引続き昭和四九年三月までに三教室を増設し、別に体育館も建設してこれに六教室以上を併設する計画をたてその実現に着手することになった。ところで本件(二)土地の北側部分には高圧送電線が存在し、その直下巾員一四・五五メートルの帯状範囲は右送電線設置のための地役権が設定されていて構築物の建設が不可能なので、債務者は、右部分を学校用地から除外すると共に不慮の事故を防止するため校舎を敷地の北側に寄せ、かつ東西に直線状に配置して右部分と運動場を強制的に分離し、また限られた財源で効率的な学校施設の整備充実を図るべく、校舎を立体化して四階建片廊下型とし、将来その南側に同様立体化して体育館兼教室を配置して運動場を確保し、かつ各教室の日照に配慮を尽すこととし、これに副った基本設計をたてて所定の手続を履んだ上昭和四五年六月頃から申請外建設会社に請負わせて本件校舎の建築に着工した。

債権者は、これ以前本件(二)土地の整地工事中から伐採樹木焼却処分の際の類焼の不安やブルドーザー等の使用による塵埃・騒音・振動により迷惑を受けたとして、その都度債務者担当者に苦情を述べたり事情の説明を求めたりしていたが、これらの点について充分納得できないでいるうちに右建築工事が始められたので、今度は建築後本件住宅の日当りが悪くなるとの危惧を抱き、改めてこの点についても債務者に善処方を要望し、債務者係員と話し合ったが、結局何等の了解も得られずに終った。そして工事はその間も既定方針通り進捗し、昭和四六年一月末現在本件校舎は高さ約一五米、東西の長さ約一〇〇米の大きさで四階までのコンクリート打を終り、躯体工事を概ね完了した状態となった。

本件住宅と本件校舎との間隔は、約四〇米あるが、本件(二)土地は本件(一)土地に比べ五・五米位の高台となっているため、右建築の結果本件住宅は本件校舎の概ね四階部分によって太陽光を遮ぎられ、冬至に於ては、午後二時頃を境にして日蔭に入るとその後は全く日が当らなくなり、また南側の観望もその大部分を校舎に遮ぎられて見通しがきかなくなった。

以上の各事実その他若干の事情が疏明される。なお右建築によって本件住宅が如何程に通風の阻害を受けたかは本件全疏明資料によるも明らかでない。

二、思うに、我々は太陽や空気の恵みを受け、日光・通風を欠くべからざる自然的資源として生活を維持しているのであるから住宅に於ける日照・通風の確保は健康で文化的な生活を営むために必須の生活利益であって、その利益は法的保護に値するものである。しかしてこの利益を他人から阻害された場合には、侵害の態様・当該地域の環境・当事者双方の利害その他諸般の事情に照してその程度が社会通念上受忍すべき限度を超えていると認められる限り、加害者に対し妨害の排除を請求し得べきものと解される。

そこで前記疏明事実に照して本件につき右諸事情を考えてみるに、もともと人の生活のために自然環境の保持が望ましいのは言うまでもないことだが、特に本件(一)土地附近の如き住居地域にあっては、商業地域等に比較してより強く自然的生活環境の保持が望まれ、従って住宅に於ける日照・通風等の利益もそれなりに尊重されてしかるべきである。現に本件校舎建設前の右土地は終日日当りを受け見晴しのよい自然に恵まれた好環境にあり、それだからこそ債権者も終生の住居として右土地を選びわざわざ都心から転居して来たのであろうから、転居後数年にして当初の希望を失わされた債権者が少なからず不満を抱くのも当然であってその心情は察するに難くない。

しかしながら、これらの自然的条件と言えども、我々が共同社会の中で相互に制約し合いながら生活を維持しているのである以上、地域社会の発展、特に本件土地附近の如く近年目覚ましい開発を遂げて来た大都市近郊地帯の市街化密集化に伴い必然的に若干の制限を受けるのも已むを得ない仕儀と言えよう。

しかも本件校舎はそれ自体地域社会の福利に寄与すべき公共施設であるから、その建設自体については何人にも異存のあるべき道理がないであろうし、その建設までの経過をみても、債務者側には問責されるべき違法の廉は何も認められず、たかだか債権者等地域住民との意思の疏通について幾分欠けるところがあったと言い得るに過ぎない。また、本件土地附近の発展に伴う土地利用の効率化傾向や先に見た債務者側の事情に思いを至せば、本件校舎を四階建とし、かつこれを現況の如く配置した債務者の措置を非難するのも相当でなくましてや債務者が債権者主張の如き害意を有していたとは到底認め難いのである。他面本件(二)土地は、従前から学校用地に予定されていた土地であるから、いずれここに学校が建設されて本件住宅の日照等に幾分の影響が及ぼうことは債権者としても右土地取得の当初から或程度予測し得たと思われるばかりか、本件住宅は本件校舎によって日照を阻害されたとは言え、なお冬至に於ても一日四時間以上の日照は確保されているから、住宅としての適格性は充分備えていると解されるのであって、結局これらの諸事情を彼此考量してみると、本件程度の日照の阻害は、未だ債権者の受忍すべき限度を超えているとは認め難いように思われる。そしてこの結論は、本件建築に至るまでの債権者債務者間の紛争の経緯や本件校舎によって本件住宅の観望が阻害されたこと等右建築をめぐって債権者が受けた被害感情その他の諸事情を斟酌してみても何等異なるところはなく、他に右認定を左右するに足る疏明資料は見当らない。

三、してみると、債権者の本件妨害排除請求権はこれを認めるに由ないものであり、畢竟本件申請は、被保全権利の疏明がないことに帰するから、仮処分の必要性等その余の争点について判断を進めるまでもなく理由のないものと言わねばならない。

よって本件申請を却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文の通り決定する。

(裁判官 田中弘)

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